2012年5月16日水曜日

トラクター3台、アポロ方向指示器つき

その昔 自動車やバイクの方向指示器の一種に、通称「アポロ式」、正式には「腕木式」や「矢羽根式」と呼ばれる発光部分が飛び出すタイプの物がありました。前後に2個つける必要がないので電装系が弱かった当時はそれなりに合理的だったかもしれません。

この腕木式方向指示器にも、車の生産時から付いたボディ内に格納されるタイプと、ボディの外に取り付ける2タイプがあり、その外付け型で日本で圧倒的に普及したのが「アポロ工業」の製品でした。その成功から次第にアポロ社製でなくとも腕木式であれば「アポロ」と呼称される事になったそうです。

さて、当ブログ的視点でトラクターとアポロの絡みを見てみましょう。歴史的には日本でトラクターの普及が始まった時期が(早い北海道ですら)昭和30年頃からであり、既に自動車におけるアポロ式の全盛期は過ぎていました。ちょうど使用率が減っていくのと反対にトラクターが普及していった形になり、恐らくその為に使用例が少なく、今のところ私が知る現存車は下記の西ドイツ車3台しか有りません。今後の新発見を期待したいところです。

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小松ノルマーグ NG22 (NG20b) 上富良野の「土の館」より

非常に現存数の少ないトラクターです。ドイツのノルマーグはコマツが自社製トラクターを生産する以前に輸入販売とノックダウン生産していたメーカーで、この個体は昭和31年当時に94万円で購入された物だそう。デカデカとNORMAGとプレスされた自己主張の強いマスクと、ロア・アッパー両アームが板バネの前輪サスペンションが特徴です。

実は「NG22」の名称で展示・解説されているのですが、恐らくノルマーグ自体の資料が少ない為にエンジン出力から推定したものと思われます。 正確には、エンジンの製造プレート打刻が(ENGINE TYPE)BM24b1、(ENGINE NR.) 18563、 (YEAR) 1956、(HP) 22で、該当する機種はNG20Bになるようです。 何れにしろNG22では戦前戦中の違う機種になってしまうのですが、こういうデータはネット時代になって得られたものなので収集当時としては仕方なかったと思います(ホントに資料が少ない!)。そういえば製造プレートが独語ではなく英語表記です。輸出仕様なのでしょうか。※後日、名称について意外な事判明(下記)

Normag NG20B

このノルマーグのアポロは全然サビが無く驚くほど綺麗で、塩ビパイプ的な色から合成樹脂製かと思うほどです。ラベルも完璧でアポロ工業製の12V仕様なのがハッキリ分かりますが、このメーカー表示っぽくないラベルが「アポロ」が半ば普通名詞化してしまった一因かもしれないと思うのでした。取り付け金具も他で見ることのある形なのでアポロ社純正のようです。
semaphore


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ランツ・ブルドッグ D 2416先日公開された札幌農学校第2農場より。

24馬力版のランツ。日本に入ってきたこの系統は20馬力のD 2016が多い様ですが製造プレートでD 2416と確認、輸出仕様ではType「H」と打刻される様なのでこれは一応ドイツ本国と同じ仕様となるでしょうか。カウル横の冷却穴が非常に大きくあまり一般的ではないタイプですが、これは1956年(昭和31)年から生産された初期の型なのかと思います。導入年は書いてありませんでしたが同31年に購入したとして、販売会社の三国商工がアポロを付けて売ったのでしょうかね?なお、展示では焼き玉エンジンとして解説されていますが、この型から焼き玉(セミ・ディーゼル)ではなくディーゼル(フル・ディーゼル)になっていると思います。

Lanz Bulldog D 2416
コチラのアポロはひどく錆びていますが、ボディと同色で下地は上記車両と同じグレー、ボディと調和した「ボロさ」から実使用されていた事などが推察できます。私は厚化粧に塗り直されて現役時代の痕跡を消されるより、こういった状態の方が資料として格段に優れているので好きです。現物ではAPOLLOと12Vの文字を確認出来ました。

保存を考えればこれに油や透明防錆塗料を塗るのも良いですが、まぁ北海道は湿度も高くないですし良いんじゃないでしょうかね。
いやしかし、こうして写真でみると雰囲気の有る展示場所ですな(^^)
tractor semaphores apollo Trafficator Lanz Bulldog D 2416



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ランツブルドッグ55HP ウチではお初の美幌博物館から

貴重な55HP!私の一番好きなトラクターで、もちろん焼き玉エンジンです。ただ、ある資料では網走地方にランツD 9506(45hp)が1台記録され、D 1506(55hp)は無いので45hpなのかも知れません。外観は同じですからまぁどちらでも良と言えば良いのですが、この個体には製造プレートが無くて確認できず残念でした。

昭和27年に北海道耕土改良事業で美幌町に導入されて賃耕に活躍、農家に払い下げられたのは10年経った37年になってから、という事で時期的にアポロはこの最初の農業団体(農協か?)の頃に付けられていていたと思われます。
 ただ、ここの展示パネルにフォードソン・カウンティ・CD50(装軌トラクター型)と一緒に写った写真があるのですが、それではアポロは付いていないようです。CD50の方が後年の導入なので、もし写真のランツがこの個体だとするなら結構後から付けた事になります。まぁ写真が別車両であれば何も問題のない事ですが、この地区にそう多くあった車両でもないので興味が湧きます。
lanz bulldog D1506 ランツ ブルドッグ

それにしても非常に凝った作りの支持架に目が行きます。ここまでの作りだとドイツ本国のオプションっぽい気もしますがどうなんでしょ。その場合アポロは日本製なので流用出来る汎用ステーという事になるのでしょうか・・・ただ、同所にあるファモール・カブも他で見たことないような凝ったウインカーステーやコーナーポールが付いて不自然に豪華、レストアが行き届いて綺麗すぎることや製造プレートが無い件も合わせて資料としての信憑性は判断しかねます。

ここのランツは再生されているとはいえ元々の状態から非常に良かったようで、大きな欠品も特に見あたらず、現存を確認できる3台の同型車のなかでも最高の物です。予備知識無く偶然見つけた博物館で、もう一度行ってジックリみて撮り直したいところです(実はもう一台が凄いのがあるし)。

semaphore




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以前、ウチのコメント覧で「土の館のノルマーグにアポロが付いてる!」と話題になりました。その時から私にはずっとモヤモヤ感が残っていました。「他にも観た記憶がある、絶対ある!のだけれど何だったか思い出せない・・・」。

それが、先の北大のトラクター達に再会してついにランツだと分かったのでした。
矢羽根が少し出た状態。実際はほぼ90度水平まで飛び出して点滅します。



※ 2014:06:12追記 ノルマーグの名称について。

この時、私はバカな事にエンジンの銘板しか観ていませんでした。車体側には2つ銘版があり、1つは英語表記の物でTYPE NG20bと参照資料の通りでした。しかし、もう1つは小松製作所による日本語の銘板で小松ノルマーグとあり、車体形式 NG22 とあるではないですか!

小松にしてみれば戦前のNG22なんて日本に無いのだし、エンジン出力どおり表記した方が(数字が大きいし)正直で宜しいと判断したのでしょう。つまり土の館の表記に間違いは有りませんでした。すみません。また小松の製造番号は1004、ノックダウン生産の4両目の可能性があります。

結論
NORMAG NG20b」は日本では「小松ノルマーグ NG22」だった。


2012年5月15日火曜日

道端に軽便鉄道(狭軌ディーゼル機関車)が!

2012年、北大のトラクター公開で始まったゴールデンウィークでしたが、最後はこんなものを見つけてしまいました。

 どやっ!?


 車で富良野から札幌への帰り道、桂沢湖を通り三笠に入るまでは一本道が山中延々と続きます。渋滞と言うほどで無いにしろ前後が同じクルマで数十分、運転にも飽きてしまったそんな時、三叉路の道端にこんな黄色い車両が!一気に目が覚める思いがしました。
こんなの去年までは無かった筈!


シュールというかなんというか、こんな光景は全国でここだけでしょうな。


↓最初見たときのアングル。左折しようと目をやるとこんな風にポツンとあったのです。

写真だとこの手のキャビンが普通の形をしているDLは大きさが分かりづらいと思います。でもキャビン内に人が立てるくらい大きい車両と思うと何か背景とのバランスが何か変ではないでしょうか?

そう、とっても小さいのです。


↓コンテナを積んだトレーラーとの対比からコイツの小ささが分かるかと思います。
 
それにしても 車と軽便鉄道が同じフレームに入るとはまるで昭和の光景。「信号待ちしているのは鉄道の方?」って感じw。しかもココ、ほぼ歩道ですよね・・・



さて、機種ですが、キャビン内に名板が有りまして、北陸重工業株式会社の昭和60年製と分かります。後窓のアルミサッシから予想はできましたが、ナローの内燃機関車としてはとても若い機種でした。

調べますと、三井芦別炭坑に導入された坑外用8トンディーゼルだそうで、最近まで三笠鉄道記念館で屋外展示されていた物のよう(最近発刊された「究極のナローゲージ鉄道」にも現役当時の写真が掲載されています)

場所は「三笠トロッコ鉄道」の体験運転の乗り場付近で、看板替わりに置かれている雰囲気。

この体験運転の受付は近所のクロフォード公園で行っているのですが、そこからトゥクトゥクかモートラで砂利道を走ってこの裏へ送迎された後、本物の廃線跡を軌道モーターカーを運転出来るようです(こんな可愛い牽引車で客車を引いてもらう事も出来るとか?)。

子供はもちろん大人でも2重に超楽しめそう・・・ってか、ここでトロッコ運転できること自体知らなかったなぁ。大人は普通免許があればモーターカーを運転できるそうです。うーむ、乗ってみたい。



古い枕木を再利用したと思われる展示台?でした。
後ろが空いているので鉱車を置いても良いでしょうね。


軽便鉄道系リンク
 鶴居村営軌道の軽便2両が移転!
フォードA型エンジン機関車(前)
フォードA型エンジン機関車(後)
加藤くん3DCG
道端に軽便鉄道(狭軌ディーゼル機関車)が!

2012年5月11日金曜日

11年ぶり!北大トラクター

この2012年も恒例の4月29日から札幌農学校第2農場の公開が始まりました。

これまでのそれは、2001年に整備された「穀物庫=コーンバーン」及び「模範家畜房=モデルバーン」の内部と、その屋内に展示される農機具の貴重なコレクションがこの日から公開・展示される事を意味していました。

しかし!今年に限っては特別な意味がありました。新たに「牧牛舎」が開放されるのではないか?という期待が有ったのです。

というのも昨年の秋、私は牧牛舎内部の補強工事が行われている所を目撃していて、その裏口から中を覗いてトラクターが収容されている事も確認していたからです!

さて、初日に行くとビンゴ!かつて2001年にビックリしてレポートした(知られざるトラクターたち)、あの永遠に観られなくなったかと危惧したトラクター達が、牧牛舎の中で11年ぶりに公開されていたのです!狭いところにゴッチャリと!

未再生の「農民車コマツ」 WG-06
トラクターの数自体は以前と大差ないので決して多いとは言えませんが、分かる人は分かる貴重な個体の割合が高く、無粋な化粧直しなどせずに汚いそのままを置いてあるだけといった雰囲気もマニア的に嬉しい展示です。
日本(北海道)に2台! マコーミック・デーリング 10-20
とりあえず今回の記事ではトラクター写真は2枚だけにしますが、もちろんこの他にも貴重な古いトラクターが展示されています。いや、評判が良いらしいあの記事の11年ぶりの続編としてレポートすべきかと思いましたが、もう常設展示なのでそれは野暮と思いました。

実物は現地に行けば観られるので、札幌にお越しの際は札幌駅からも近い立地ですし立ち寄る事をお勧めします(こういうの好きな人限定ですが(^^;))。 時間があれば、札幌駅から北大の校内を散歩気分で歩けばちょっとした観光にもなりますしね。
模範家畜房モデルバーン(左)と牧牛舎(右)建物自体が重要文化財
なお、以前と比べ、展示物は耕耘機や発動機などが数点増えているのですが、トラクターに限ると準主役級の加藤Pと、公開されなかったものの所有していたポルシェ、マン(2台中の1台)の計3台が無くなり、あまり面白くないフォード1台が増えていました。

存在は知っていたものの、以前は展示されなかったSTAUB耕耘機。
耕耘機や発動機が増えています。
こんなのも持ってたか!古川式スクリュー耕耘機(2軸型)。
それにしても、私がトラクターに興味を持った頃と比べると、古いトラクターを生で観るチャンスが随分と増えた気がします。これまでも、明治・大正の農機具などは展示する価値ありと認識され、郷土資料館に行けば民具に混ざって何かしら置いてあるものでしたが、そろそろ昭和、20世紀の機械類も保存対象として認識される時期が来ているのかも知れません。

各町村の方には、その地域の古い希少トラクターや耕耘機は展示、或いは適した施設に寄贈するなど保存に努めて欲しいものです。

あと、戦前のトラクターの写真なんかは個人的には一級の郷土資料だと思います(機種鑑定しますよ!見せてください!(^^;))。


関連記事(ランツ)  トラクター3台、アポロ方向指示器つき

2012年5月3日木曜日

かや葺き屋根のサイロ


突然ですが、タマにこういうネタを入れて行こうと思います。

サイロ。北海道の風景をイメージさせる建造物であり、しかし、現代酪農では使われずに今後は減る一方の建造物。よくよく見るといろんなデザインがあり楽しめます。

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今回紹介しますこのサイロ、石狩の国道横に何気なく建っていて見逃しそうな物件ですが、実はサイロ好きなら興奮せずには居れないスーパーな個体なのでした!そう、珍しい茅葺(かやぶき)屋根のサイロです!

実はこのタイプを私は他に見たことがありません。私は発見自体が好きなので資料等をつぶさに調べている訳ではありませんが、書物やサイトで「茅葺き」あるいは「藁葺き」のサイロとして紹介されるのはこの個体ばかりなので、本当に他に無いんじゃないか?と思ってます。

この材質にどれほどの必然性があるのか分かりませんが、何だか良いなぁとおもいます。

 




いつだったか珍しく台風が来た時、その後の雲が珍しかったのでパチリ。
2001年の写真、木製の覆いとトタン屋根の部分の傷みが激しかった。
(デジカメの進歩を感じますね(汗))







2001年当時は今より古びた感じがしました。この姿も近いうち見れなくなるのかと思いましたが現在では修復されています。海に近く気候的に過酷なので、屋根の葺き替え等々の維持にも苦労されてるのでは、と頭が下がります。

何気なく立て掛けている様な木材ですが、10年前も同様なので必要な支えなのでしょうかね?


なお、茅(かや)とは本来ススキを言うようですが 麦ワラ、稲ワラといった「藁(わら)葺き」を含めて「茅葺き屋根」と総称して良いようなのでここでは「茅葺き」としています。

(要は私には材質を見分けられないという事でして・・・当地ではススキも稲ワラも麦わらも有り余るほど取れます。苦笑)